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■青空文庫から『三四郎』を一部抜粋
 その寝ているあいだに女とじいさんは懇意になって話を始めたものとみえる。目をあけた三四郎は黙って二人(ふたり)の話を聞いていた。女はこんなことを言う。――
 子供の玩具(おもちゃ)はやっぱり広島より京都のほうが安くっていいものがある。京都でちょっと用があって降りたついでに、蛸薬師(たこやくし)のそばで玩具を買って来た。久しぶりで国へ帰って子供に会うのはうれしい。しかし夫の仕送りがとぎれて、しかたなしに親の里へ帰るのだから心配だ。夫は呉(くれ)にいて長らく海軍の職工をしていたが戦争中は旅順(りょじゅん)の方に行っていた。戦争が済んでからいったん帰って来た。まもなくあっちのほうが金がもうかるといって、また大連(たいれん)へ出かせぎに行った。はじめのうちは音信(たより)もあり、月々のものもちゃんちゃんと送ってきたからよかったが、この半年ばかり前から手紙も金もまるで来なくなってしまった。不実な性質(たち)ではないから、大丈夫(だいじょうぶ)だけれども、いつまでも遊んで食べているわけにはゆかないので、安否のわかるまではしかたがないから、里へ帰って待っているつもりだ。



■『三四郎』などの著作権が切れている作品は青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でも読むことができます。
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